ひとりの個を安易に人間へと一般化するまえに
唯人通信
小さくても大きくても自分を打ってくる、ことばを探し、あらわすために


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My Diary

1ページ目に最新〜過去7日分、2ページ目に過去8日〜60日分の日記が記載されます。



  井の頭公園
Date: 2003-05-11 (Sun)
 昨日に続いて今日も早く終わるラッキーな現場。昨日は昼休憩の時など、天気の反映でエンジンが掛かり過ぎ、しゃべりに熱が入りすぎてバイト仲間などは外にあるベンチに寝転がり、「今日は本当に暑いですねええ。」などと言わしてしまう始末だったが、だがしかし、そんなときに限って、夜勤と昼金の連発で、気分は上がり調子なのだが、そしてそのままどうせ、酔っ払ってねむるのか、はたまた疲れれば人間自然と眠るように出来ているにもかかわらず、ヘンな躊躇が入ってしまい、どうせ明日も昼勤だけで、おまけに早く終わるはずの現場、今日はヒートアップせずに早く帰って寝よう、明日に備えようと、心ときめく会いたい人に電話するのを控えたら今日の天気はあやしげな曇り少々、10時休憩に電話して今日のスケジュールをその相手に聞いたところ、先客が入っていて無理とのこと。その瞬間、不思議と今日は落ち込みのモードに入ってしまい、それでもどうにか、がっちりと今日は一人でがつーんと行ってみようと思い、ひらめいた井の頭公園にいった。
 ら、たまたまの「大麻自由化マーチ」のいべんとをやっていて、久しぶりの友達に出会えた。

 ごめんね、何だか前書きだけが妙に長くなってしまって。

 そこで、これまた久しぶりに日本ヒッピーの草分け的存在のポンさん、その他が居た。

 普通なら、僕は大麻という感じが余りにも強すぎて、特にそれが墨を滴らせて書かれたりしたらなんだけれど、それに加えて吸いたければ吸えばよい、そもそもこの国でお上がこれをやるなという法律の大半がまゆつばものだと思っている僕にとっては、その程度の感じなんだけれど、少し考えてみたら、こりや、少なからず繋がっているな、今回のイラク殺戮攻撃無条件支援とそれを補強し、ゆくゆくは軍隊を合法化し、憲法を改正しようとする、心無き口先三寸愛国者達と。

 まあ、友に出会ったからこそ、立ち止まったのだけれど。

 それにしても、おっさんヒッピ^達の「俺は思ったことを言うぜ」の立ち姿には、こっちも気合を貰った。

 よし、俺もってな気合ががつんと入ったぜ。

 会いたい人には会えなかったけれど、また週が空けたら連絡しよう、それにもまして、久方ぶりにつかの間のオフ。現在の時刻4時半と少し。
 まだ、歩くぞ、まだ、走るぞ。
 ルンプロ故のたまさかの休み、休んでなんかいられるもんか!!


  感、動く。感、動け。動け、か、かん、感
Date: 2003-05-10 (Sat)
 久し振りにあった友人が有り難い話を僕にくれた。
 まだ確定ではないけれど、あるメディアに長編詩を書かないか、という願っても無い話だ。テーマは僕自身が「感動」したこと、または「感動」から想起すること、つまりは「感動」にまつわることならなんでもいいのだと僕は理解した。
 この友人、名前もこのテーマに負けず劣らず直球なのだが、実際のところ、僕が彼と知り合い、彼がその頃小劇団を率いて演劇に没頭していた頃から、数年の間、音信が無く、そして久し振りの最近を果たした現在の会社を設立した現在まで、その真っ直ぐさは変わらない。
 そこで、詩人として何の実績もなく、いきなり連載の長編詩など果たして書ききることができるのかとの疑念もあるが、この長編の主調音にしたい言葉は込みあがり、降りて重なった。
 タイトルにあるとおり、
 感、かん、かん、かかっ、感、感動く。
 感動け、か、かん、かこん、こん感、感、感、感動け。
 動け、動き、動け、動き、動く、動く、動く。
 動け、感、感、感、感、感感。

 ばちでも持ちながら、もしかしたら僕の硬い手のひらになるかもしれないけれど、このビートを叩きながら街を歩こうと思う。

 僕は「感」という文字は好きです。渦巻きが遠心力であらゆる方向に動き出していく躍動感があります。それに、この文字を自分の身体でなぞったら心地よいダンスが流れていきます。もしかしたら、その踊りは、角張ったところや、跳ねる事の少ない中国文字から、私の柔らかな、女性性と名付けても良いかも知れない、ダンスとしての身体が愛するアラビア文字にまで連なっているのかもしれません。
 「


  映画「D、I」を観た
Date: 2003-05-06 (Tue)
 パレスティナ人監督による映画「D.I」を観た。先日、友人と六本木で待ち合わせた折、多少待ち合わせまでに時間があったので、近くの書店に立ち寄った際、新刊本の棚にこの映画を紹介し、応援するような態の本があったので、ぱらぱらとページをめくった。
 執筆者の名前に池澤夏樹氏、鵜飼哲氏、重信メイさんなど少なからず僕の興味の襞に当たってくる人が多かったこと、中でも、鵜飼哲氏には敬愛するジャン・ジュネの遺作「恋する虜」の訳者として出会って以来、彼のアカデミズムにおける業績はもとより、国内外は問わず現実問題に対する彼の関わり方に関心し深い注目を寄せている。

 読み込むまでの時間が無かったけれど、映画のタイトルとコピー的に幾度か目に入ってきた「コメディー」という言葉が記憶に残っていた。

 日記に書いておいて、不躾な言い方になるかもしれないが、どうのような映画だったかを描写することをいまは控えたい。説明や各シーンごとの暗喩を読み解いた不利をして、それに現実の政治問題を絡めて、「正しさ」の枠に囲い込むことは簡単だと思う。しかし、この映画を見終わった後、普段は饒舌でしゃべりな僕が、この映画を見終わった後は、気分的にもそして意識的に、一緒に見にいった友達とこの映画については余り話さなかった。
 なぜ、話さなかったか? 身体に染み込んで伝わったという感じが自分の核に来る前に話してしまうと、細かく穴のあいた風船みたいにそれが逃げていくように感じたからだ。

 だから、しばらく時間を掛けてみようと思う。考えると言うのでもなく、昨日みたその映画の衣服を身に着けながら過ごしてみる。

 それでも映画の中からひとつ、検問を超えてしまった真っ赤なアラファトの顔が描かれた風船がエルサレムの旧市街を飛翔し黄金のモスクの上で止まった、忍者になった恋人の女性は何処に消えたのだろうか?
 沸騰する、沸騰する。もう火を止めてもいいなじゃない?


  東京遊民日記
Date: 2003-05-06 (Tue)

 今日は良い事が在った。だから早く寝床につこう。

 良い事があったその日の夜、喜びを覚えているためか身体は微かな温かみを帯びて、今ある自分の物思いがその日の出来事へと向かう手前、ふぅーっと心地よいイメージがやってくる。

夢、幸福が身につく時の繋がり
  将来は遊牧民達が実際に使っているテントを自分なりに改良して、移動しながら旅しつつ暮らすこと。
 自分の心地よさを移すスクリーンを前方へと投げかけ、自分のこれから住んでみたい土地を描いていること。
 熱い思いを圧縮して絞り、強い炎で燃やすわけではなく、角が無く丸い大小の、そうしたい、そうあって欲しいことがらを思い描くこと。
 気が合い、かつ会うのにどきどきするひとと、あれしたい、これみたい、これやってみようよ、今度あすこに行って見ようよなどと止め処も無く語り、歩き、気が付いたら、あっという間に時間が過ぎていたなあと思えること。


砂漠にもならない瓦礫の山々のこの地をぼやいたとしても仕方あるまい。ひとつのオアシスをつくり、そこにナツメヤシを育て、後ろ髪引かれても決して振り返らず、べとつかずに移動して、己を見失い、また一から掴みなおし、そして井戸を掘り。
 振り返ってみろ!! お前とて、いままでの生ある旅路の中でどれほどの湧き水にオアシスに助けられてきたことか!!

 だから、もう観るのはやめろ!! 身体を不自然なところからでも揺らし始め、踊り。

好きな人と語り合うハンモックの昼寝、これから温かくなる季節、青空が熱に覆われる晴れた日は東京の真中、代々木公園にでも行って寝床に就こう。

 川、水が無い、川の音が聞きたい。そうしたら自転車を漕いで、今朝は多摩川にでも向かおうか。

楽しさは余り引っ張って延ばし、酔いすぎてもいけない。だから言わんこっちゃない、今何時、もう3時過ぎだよ、明日も寝不足、だから言わんこっちゃない。

               つづく
 
 


  映画の上映会
Date: 2003-05-04 (Sun)
 昨日、友人が作った自主映画の上映会に行ってきた。この映画の脚本を書き監督したのは山地未家さん。24歳の彼女は国籍は日本だが、幼少期を含め人生の大半をアメリカで過ごしてきた。
 そして製作に関わったのが僕の10年近くの友人、千々岩弦君。彼自身、アメリカのロスアンジェルスで生まれ、小学校低学年をロスそして日本で過ごし、その後中学・高校時代はドイツ、そして18歳の時に日本の大学に行くことを自ら選び東京へとやってきた。そんな彼らが互いに知り合い、様々な友人・知人の助けを借りながら今回のビデオ作品「条件として」が完成した。
 僕は未家とは弦を通して知り合った。
 完成後、日本を含む各国の映画祭に出品するために、監督自らが今回の映画を作るまでの過程を綴った文章がとても素敵だった。
 私は英語で物事を考え、夢だってもちろん英語で見る。初恋も初めてのキスの相手もアメリカ人のボーイフレンドだった。国家だってアメリカのそれしか私は知らない。けれど私のパスポートの色は赤色でそこに菊のプリントがしてある。
 大学生の時に長編映画の台本を書き上げ、その映画を日本で撮ろうと決めた。何故だかは解らないけれど、日本に行けば今の自分よりは少しは「自由」になれるかもと思った。

 渋谷のセンター街を歩く女子高生たち。私は彼女たちの明るさを愛しく思う。なぜなら、今となっては、そうではない生き方を選んだ私だけれども、彼女達が私かも知れなかったのだから。
 それと同じように、一生懸命に働くサラリーマン達、子供や妻のために懸命であるけれど、仕事が終わればそのために働いているはずの家族の顔を見るよりも、飲み屋のドアを開けそこで一息をつく彼らにも愛しさを憶える。

 確か、こんな感じの内容だったと思う。心地よく感じた物を強引に自分の方に引き寄せ読み込んでしまう僕のことだから、少しは違っているかもしれないけれど。

 そんな彼女たちの映画の上映会を井の頭線沿いのバーを貸しきってやった。
 一生懸命な彼女は2作目の撮影に間もなく入る。短編だけれど35ミリの作品だ。また、年齢を問わず様々な人たちとの出会いに助けられながら。タイトルは「パーフェクト・アフタヌーン」。

 アメリカで育った、赤いパスポートを持った女の子の、一生懸命すぎる思いが、思いと思いに出会い、いま動き出した。

 なんて偉そうにすかしている場合ではない阪口 浩一。てめえは未家より10歳も年上だろ!! 爪の垢でも煎じて飲み、少しは謙虚に見習えよな、阪口浩一。


  名護からきた「おばあ」にあった
Date: 2003-04-29 (Tue)
 五反田駅の切符売り場で沖縄から来たおばあたちに出会った。
 人ごみの中切符の買い方が分からずに、販売機の前にじーっと立っていたので声を掛けた。おばあの肌は土色で太いしわと細かな皺が沢山あって、声を掛ける前から「沖縄」から来たんだろうなと感じていた。
 おばあが渋谷にいくというので、料金の150円を受取って僕が切符を買ってあげると、もう150円渡してきてもう一枚欲しいと言う。僕が二人で行くのと尋ねたら、後ろのほうに居たのであろう、連れの真っ黒に日焼けしたおじいと、手を繋がれた鼻水たらした糞ガキが現れた。


  お笑いギャグの時代は終わった
Date: 2003-04-28 (Mon)
 東京に住民票がある人間にとっては、先の都知事戦に比べ今回の地方統一せんは盛り上がりに欠けた話題だったかもしれない。
 同じく選挙ねたなんぞにいちいち構ってられない、そんなことでいったい何が変わるのかと感じている地方に住む人たちは、昨夜からの選挙速報を歯がゆい思いで眺めていたことだろう。
 とにもかくにも選挙の結果がでた。滋賀の豊里町ではあれほどまでに小学校の校舎保存問題が争点になったのにも関わらず、リコールされた前町長が再選されてしまった。
 対抗勢のなかで仲間割れを起こし二分してしまい、かりに対抗勢力が一致団結し統一していればこのような仕方なさだけが残る選挙結果にはならなかったであろう。
 ある意味での現在の縮図だ。みんな何かだめだとうすうすは感じている。だが、違うというメッセージを吐く人々の間で歳末的な事を巡り仲たがいし、結局のところ気づいてみればかっての如何しようものな輩が新たに対抗勢力から得た流行のキャッチコピーを身にまとい当選してしまう。当選者はたときのほとぼりが冷めるのを静止静観するのみ。その結論は、結局、どうにかしよう、何かしなければならないと思っていた人々の中にどうしようもない虚無と何をやっても仕方なさを生み出す。

 されど、つい弐月まえほどまで一緒のバイト仲間であった50を超えるおっさんが当選した。当初、「イマジン」」をかけて選挙活動をすると歌っていた彼ではあったが、それはなかなか田舎のことならなかったけれど、当選してよかった。
 バイト仲間は主に20代半ばが多く、僕なども年長者に数えられてしまう有様、そのなかで50を超える彼は異色な存在であった。
 そのせいか、ときには説教のための説教をかたってしまい、若いバイト仲間からは笑いのネタになったりしていた。僕自身、浅学の情報を振り乱し大文字のことばを語ってしまう彼と幾度か衝突したりしたこともあった。だけれどもその奥にどうしても見えてしまう童心を憎むことが出来なかった。

 そんな彼が幾十年かの東京暮らしで離れていた郷里の選挙で当選した。まずは心からおめでとうを言いたい。そのうえで一言、「お笑い」と「ギャグ」の時代が終わりを告げたことを僕は断言する。そして、先生などと呼ばれて喜んでしまい感覚がボケてしまい何ほどかと錯覚を抱いてしまう、そんな人間には決してなるな!!


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